【回答】 脳の老化のシグナル -大脳皮質 トラブル検討-
やまぐちメンタルクリニック 山口浩資(徳島市寺島本町東3丁目)
「涙もろいのは老化のシグナル」とは、うまい表現だと思います。涙もろいというのは、性格や人格の変化としてとらえることができますが、老化などによって脳に変化が起きれば、性格や人格も変化するのは当然です。
ある日突然、脳出血や脳梗塞(こうそく)で倒れて入院し、退院後にすっかり人柄が変わってしまったのであれば、周囲も脳の障害で性格が変わってしまったことを理解できるでしょう。しかし、少しずつゆっくりと脳に変化が起きた場合は、周囲が気づかないことも多いものです。
徳島県は現在、糖尿病対策に積極的に取り組んでいますが、糖尿病などでゆっくりと全身の状態が悪化する過程で、悲観的になったり、怒りっぽくなったりする性格の変化が現れることもあります。
脳は贅沢(ぜいたく)な臓器です。重量は全体重のたかだか3%しかないのに、心臓から排出される血液量の20%を消費します。糖と酸素を含む大量の血液を供給しないと、本来の知的能力や人格を表現してくれないのです。糖尿病で血液中に含まれる糖の量が不安定になると、脳はあっという間に活動できなくなるし、心臓病で十分な量の血液を送れなくなると脳は沈黙します。
認知症が進行された方の経過をさかのぼってみると、心臓機能の低下が先行している場合も多く、心臓からの血液供給が不十分となって多発性脳梗塞が起こり、認知症が進行するという過程が分かります。脳のトラブルである認知症の原因が、脳以外にあることは決して少なくありません。
ここで、感情のコントロールについて説明します。われわれは大脳皮質、とりわけ前頭葉を中心とする大脳皮質で感情にブレーキをかけています。「腹が立つけど辛抱しよう」「怖いけど勇気を出して耐えよう」「かわいそうだけど涙をこらえよう」といったときは、前頭葉を中心とする大脳皮質が活躍して感情にブレーキをかけています。
そして、繊細な臓器である脳にダメージが加わった場合、脳の中で最初にギブアップしてしまうのが大脳皮質です。大脳皮質は進化的にみれば最も新しく登場した新参者ですから、もろさが目立ちます。逆に、進化的に古い脳である感情脳はタフで、脳血流が少々低下したくらいではびくともしません。
怒り、恐怖、哀れみなどを感じさせる感情脳が、大脳皮質よりもタフであるという点が重要です。すなわち、ダメージに弱い繊細な大脳皮質が傷つくと、タフな感情脳をコントロールできなくなります。感情にブレーキがかけられなくなって、涙もろくなったり、怒りっぽくなったりするのです。
60歳以下という年齢で涙もろくなったのであれば、大脳皮質になんらかのトラブルが起き、感情のブレーキがかかりにくくなっている可能性があります。大脳皮質トラブルの原因を幅広く検討しましょう。体力低下や全身状態の悪化があるのかどうか、心臓や肺の機能低下はないのか、もしくは脳の細い血管が詰まっていないかなど、周囲が注意深く観察することで、大脳皮質トラブルの原因を発見できると思います。
徳島新聞2010年2月28日号より転載