【質問】 顎に鈍い痛みが走る
60歳の女性です。30代後半に「顎(がく)関節症」と診断されましたが、当時は炎症がなかったために経過観察できました。しかし、3カ月ほど前から右顎(あご)に鈍い痛みを感じるようになりました。あくびをしたり、大きく口を開けて食べ物を入れたりすると、「ズン」という痛みがします。その約2カ月前に右奥歯などの治療を受けたので、歯科医に相談したら「歯の治療が原因かもしれない」とのことで、レントゲン検査や消炎剤の投与を受けました。しかし治らず、今度は歯科医から「歯ではなく、顎関節に原因があるようなので、口腔外科での手術治療を受けたらどうか」と勧められました。現在は常に右耳の周辺まで違和感があります。話をするときや笑うときは異常ありません。本当に手術治療しかないのでしょうか。
【答え】 顎関節症 -まず保存的治療で改善を-
徳島大学病院 特殊歯科総合治療部 松本 文博
相談の女性は、顎関節症に対して手術治療を勧められ戸惑っていると推察します。この疑問に答える前に、まず顎関節症について述べたいと思います。
顎関節症は虫歯、歯槽膿漏(のうろう)に次ぐ第三の歯科疾患と呼ばれています。日本顎関節学会によって「顎関節症は顎関節や咀嚼(そしゃく)筋の疼痛(とうつう)、関節雑音、開口障害または顎運動異常を主要症候とする慢性疾患の総括的診断名であり、その病態には咀嚼筋障害、関節包・靭帯(じんたい)障害、関節円板障害、変形性関節症などが含まれる」と定義されています。この定義から分かるように、顎関節症という病名にはさまざまな病態が含まれています。
それでは、顎関節症はどのような原因で発症するのでしょうか。これまでに多くの説が提示されていますが、単一の病因で顎関節症のすべてを説明することには無理があり、現在では顎関節症の発症に多くの寄与因子の関与(多因子説)が推察されています。
寄与因子としては睡眠時の歯ぎしり、日中のくいしばり、大開口、打撲、硬固物咀嚼、精神的ストレス、かみ合わせの異常などがあります。そのため実際の治療に際しては、発症に寄与する因子を個々の患者さんごとに詳細に調査し、集めるという作業を最初に行います。そして、問題となる生活上の習慣や習癖がある場合には患者さん自身がそれを自覚し、自己管理することができれば、それだけでも症状が軽減される可能性があります。
次に、歯科医師が行う顎関節症に対する治療法としては、保存的治療と外科的治療がありますが、保存的治療の中で薬物治療(消炎鎮痛薬や中枢性筋弛緩(しかん)薬など)、スプリント療法(上顎あるいは下顎の歯列をプラスチック材料で覆い新しい咬合(こうごう)接触を付与する装置で、患者により着脱可能で主に夜間に装着される)、理学療法(低周波療法、温熱療法など)などの可逆的治療が優先的に選択されます。保存的療法の期間は絶対的な決まりはなく、日常臨床的には3~6カ月程度経過した時点で治療法が再考されることが多いと思われます。
各種保存的療法で症状の改善が得難い場合、外科的療法の適応が考慮されることになります。外科的治療には顎関節腔内に注射針を刺入する方法(薬物を関節腔内に注入したり顎関節腔内の洗浄を行う)、内視鏡を応用した顎関節鏡視下手術、関節開放手術などがあります。
近年、顎関節症で関節を開放する手術が適応されるケースは極端に減少していますが、それより患者さんへの負担が少ない関節鏡視下手術は現在でも行われています。一方、関節腔内への薬物注入や関節腔内の洗浄療法は、最も負担が少なく、入院の必要もありません。さらに繰り返し行うことも可能なので病悩期間、治療期間の短縮という利点からも、最近では外科的療法の中では比較的ポピュラーな方法になってきています。
質問の女性は、30代後半に顎関節症と診断されたこと、物をかんだり顎を動かすときに痛みを伴うことなどから顎関節症と思われますが、それ以外にも類似した症状の疾患があるので、診断は慎重でなければいけません。種々の検査の結果、顎関節症と診断された場合、質問の女性はまだ十分な保存的治療を受けていないと思われるので、まず十分な保存的治療を受け、その結果症状改善が得られなければ外科的治療を考えられたらいいと思います。