【質問】妻が一部の記憶をなくしている
60代の妻を持つ男性です。最近、妻が一種の記憶喪失ではないかと思っています。約束をしても「約束した記憶はない」と言い、私の作り話と思って懐疑的になっているようです。2年前からひどく、知人の名前や鍋を火にかけていることなどを忘れていたこともあります。妻は高血圧症で通院していますが、CT検査で脳の海馬が悪いと言われました。MRI(磁気共鳴画像装置)検査を勧めましたが、かたくなに拒みます。記憶がなくなっている要因は何か、どのように治療すれば効果があるのか、教えてください。
徳島大学病院精神科 沼田周助 先生
【答え】アルツハイマー病の疑い
認知機能障害を来す疾患として、アルツハイマー病のような中枢神経変性疾患や、脳の血管障害に起因する血管性認知症、脳炎といった神経感染症などが挙げられます。さらに、うつ病や解離性健忘などの精神疾患も考えられます。
「一部の記憶がなくなっている要因は何か」という質問ですが、問診や身体診察、血液検査、画像検査などによって認知機能障害の原因を探る必要があります。
本相談の場合、高血圧症のかかりつけ医からは血液検査や身体診察による体の病気は指摘されておらず、頭部CT検査で海馬に異常があると言われています。そのため、症状から考えられる複数の疾患のうち、アルツハイマー病が最も疑われます。
アルツハイマー病は一般的に高齢で発症し、新しい物事を忘れてしまう「記銘力障害」が初期症状に現れ、ゆっくりと進行します。物忘れ自体は加齢に伴い誰にでも起こりますが、認知症による物忘れは体験そのものを忘れてしまう特徴があります。本相談でも約束したこと自体を忘れています。
症状の一つである妄想には、自分で片付けたお金の所在が分からずに盗まれたと訴える「物盗られ妄想」が多く、記銘力障害の二次的なものとしてよく見られます。
アルツハイマー病の診断確定には、まず記憶障害の種類と発症の時期、今日までの経過、現在の生活状況、精神症状や行動異常の有無を詳細に把握します。その上で、認知機能の状態を調べる神経心理検査や頭部MRIの画像検査、SPECT(単光子放射線コンピューター断層撮影装置)といった機能画像検査の実施が望まれます。
画像検査では全般的な脳の萎縮や海馬を含む側頭葉内側部の萎縮を、機能画像検査では側頭頭頂葉や後部帯状回の血流低下を認めますが、初期にはこうした所見が認められないこともあります。
治療には、物忘れや判断力の低下といったアルツハイマー病の中核症状に対して進行を遅らせる薬があります。薬物療法以外では、懐かしい思い出を引き出す回想法や懐かしい歌などを聴く音楽療法、絵画・陶芸など得意なことや興味ある活動を行うレクリエーション療法などがあります。
病気の進行に伴い、着替えや入浴、食事など日常生活ができなくなっていくため、家族の介護が必要になります。また、本人はすぐに忘れてしまうので何度も同じ質問や行動を繰り返します。初めて見聞きするつもりで話を合わせ、発言内容を否定しないなど、周囲の対応も大切です。
患者の普段の生活状況をよく知る家族が一緒に専門医を受診し、現時点で可能な追加検査を実施してください。診断を確定した上で、治療方針を決める必要があると思います。